倭姫と豊受神社


豊受神社御由緒(通宮・外宮)

 

1、御祭神 豊受大御神

この神社は、伊勢の豊受大神宮の分霊を奉斉し、衣食住のお恵みをお与えくださる産業の守護神であらせられる。
創建年月は判明しないが、伝記によれば垂仁天皇第四皇子倭姫命が、天照大御神の神霊を奉じ、各地を遍歴され、美濃の国伊久良(居倉)に滞在後、伊勢の五十鈴川の辺りに宮を遷さんと、生津の地に逗留、舟旅にて伊勢に向かわれたと伝えられている。

 

舟が出入りし故に生津といい、森の下で泊まられし故に森下とよぶなど今に伝わり貫き御跡として、大御神を斉祀し崇敬これ伊勢並の神宮として、内宮外宮を奉遷し、祭礼には両宮一体の伝統ある神事が営まれている。

 

 

元伊勢(生津)の「豊受神社」と「アイン研究所」

 

由緒ある元伊勢・生津のゼロ磁場で生まれ育った西堀貞夫は、子供のころブランコから落ちて頭を強打、超能力・霊感・磁気エネルギーを感じる誇大妄想・天才発明家へと成長し、伊勢神宮の「ゼロ磁場磁気エネルギーの渦」の解明につながりました。

 

ゼロ磁場の磁気エネルギーを開発したアインの研究所は
磁気エネルギーの強いゼロ磁場の地にあります

 

西堀貞夫は、生津の豊受神社のある外宮町で生まれました。代々西堀家はその地にあります。
アイン研究所の、隣にある内宮町神明神社の参道の隣に建っています。
戦後、神明神社の賛同は区画整理で道路が横切り参道を切ってしまいました。

 

この参道は、もともと神のエネルギーが糸貫川に向かい、豊受神社に続いていました。
区画整理によって神のエネルギーが邪気とパワーになり左に流れ分断された道路沿いの家々に、邪気や憑依で事故死が次々起きました。
(試聴ルームの音響チェアの左側にゼロ磁場が発生しています。)

 

アインの研究所も神のエネルギーの流れが変わったことにより、憑依現象が起きました。
西堀貞夫もそこで霊波に吹き飛ばされるなどの不思議な体験をしています。
この地がゼロ磁場の磁気エネルギーの強い聖地であることを私たちは感じました。
この体験は西堀貞夫にこの20年間苦しい努力を続けさせ、不可能が可能になる開発ができたのは、この地の神様の磁気エネルギーの導きと信じています。

 

聖地で「生体磁石」や「生体麻薬」を応用した最先端の医学や磁気エネルギーの研究開発をさせていただいたことを神に感謝しています。
邪気や憑依の怖さを十分理解した西堀貞夫は、道路が改善されるまで一時的に本社研究所を閉鎖しました。

 

 

ヘブライ語の「アイン(AIN)」は「無」の宇宙根源とゼロ磁場を意味しアラビア語のアインは「泉」アンムーサは「モーゼの泉」を意味します

 

開発者・西堀貞夫の父は、第二次世界大戦で戦地ニューギニア、アイン地区で軍医として戦死しました。アインEIN(ドイツ語の1番)に心惹かれ、私たちアインの原点です。
アイン(AIN)はヘブライ語で「無」を意味し、宇宙根源を表します。ヨルダンには2つのアイン・ムーサがあります。

 

アインとはアラビア語で泉、ムーサは旧約聖書に登場するモーゼ、アイン・ムーサとはモーゼの泉を意味します。ヘブライ人を率いてエジプトを脱出したモーゼが、杖で石を打ったところ水が湧き出したという故事に由来します。
アインの研究所は、伊勢の五十鈴川の辺りに宮を遷さんと生津の地より伊勢に向かわれた磁気の強いゼロ磁場にあります。

 

1891年、濃尾大震災は糸貫川から根尾川に通じる根尾谷の断層が動いたのです。
揖斐川・根尾川は、昔は糸貫川だったのです。400年前の洪水で糸貫川が、現在の揖斐川に流れが変わりました。
1891年、濃尾大震災が発生、震源地が根尾川の根尾断層の直下型でM8.0(M8.4との説もあり)の内陸型では世界最大級の地震です。
根尾川沿いの根尾断層は垂直に7mのずれが生じました(阪神淡路大震災は50cm)。総延長76kmの断層が出現しました。根尾の山々はこの地震のため、崩落し、山肌が一瞬のうちに削り取られ、木が一本もなくなってしまいました。
山崩れの土砂が根尾川を塞ぎ、あちこちに湖に新しくできました。全壊焼失家屋14万2000戸、死者7273人の大きな被害を受けました。
糸貫川は根尾川を通じ根尾谷の断層へと続いていたのです。瑞穂市内宮町、外宮町はこの断層地帯の磁気エネルギーの強い場所でした。外宮町の西堀貞夫の言えは、地下に50cmの断層のひび割れが今でも残っています。