濃尾平野の海図


濃尾平野の海図

 

『倭姫名世紀』によれば 伊勢の五十鈴川辺りに宮を遷さんと 倭姫命は美濃国伊久良河(瑞穂市)に辿り着き神のお告げを受け 生津の地(瑞穂市)より舟で伊勢へ向かわれた由緒ある場所「元伊勢」が生津です

 

『倭姫命世紀』
『倭姫命世紀』によれば、垂仁天皇10年、倭姫が天照大神の御霊代を祀る地を探し、淡海国坂田宮より美濃国伊久良河の地(瑞穂市)に辿り着き、この地に4年滞在したと伝えられています。
天神神社はこの時伊久良河宮としてこの地に宮殿が作られたのが始まりと伝えられ、また本殿右にある御船白石(みふなしろいし)はその時に天照大神の神輿を安置した跡と伝える。
その後、倭姫は神のお告げを受け、伊勢の五十鈴川の辺りに宮を遷さん生津の地(生津外宮町)から2隻の木舟で川と海を下り、尾張国神戸(一宮市)に辿り着き、中島宮に滞在することになる(『倭姫名世紀』)。

 

生津は元伊勢と言われた由緒ある場所。
1300年前の濃尾平野の海図が愛知県のお寺より発見されました。
由緒ある元伊勢・生津の場所がこれで証明されました。